以下は朝日新聞の社説をそのまま書き写したものです。
皆様も思うところがあると思います。
なお、本来縦書きの文章ですので、文中の数字は漢数字になっています。
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1997年(平成9年)3月31日 月曜日 社説
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歴史から目をそらすまい
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旧日本軍の従軍慰安婦をめぐって、日本の責任を否定しようとする動きが続いている。一部の
学者や国会議員、新聞などは、中学校の歴史教科書から関連記述を削除するよう求めている。
これらの主張に共通するのは、日本軍が直接に強制連行をしたか否か、という狭い視点で問題
をとらえようとする傾向だ。
しかし、そのような議論の立て方は、問題の本質を見誤るものだ。資料や証言を見れば、慰安
婦の募集や移送、管理などを通して、全体として強制と呼ぶべき実態があったのは明らかである。
これまでに明らかになった慰安婦の実態は、地域や時代によって異なる。インドネシアなど一部の地域については日本軍が現地の女性を強制的に慰安婦にしたことを示す資料がある。大部分
の地域についてはそこまでの資料は見つかっていない。
だが、慰安婦の移送には政府や軍がかかわった。慰安所の多くは業者が経営したが、軍が設置
を指示し、建物を提供し、規則を定めるなど、直接に関与した資料がかなり残っている。軍の直営もあった。
元慰安婦の証言や資料によると、朝鮮半島、台湾、フィリピンの出身者には未成年も多かった。
借金で縛られたり、だましたりして慰安婦にされた人がかなりいる。強姦(ごうかん)され、暴力をふるわれ、あるいはそのような目にあう仲間を見るなどして、抵抗をあきらめざるを得なかった人もいる。逃げようにもそこは見知らぬ異郷の地だったことにも留意しなければならない。
政府は当初、慰安婦は「業者が軍とともに連れ歩いた」と軍や政府の関与を認めていなかった。しかし、資料が見つかるにつれて態度を改め、一九九三年八月、募集から慰安所生活に至るまでの強制性を認めて謝罪した。当然の結論といえよう。
慰安婦問題はほんの半世紀前まで、日本が植民地として民族を蹂躙(じゅうりん)し、あるいは占領していた地域で起こしたことだ。
彼女たちは、戦後五十年近くなって、心の奥底に押し込めてきた「過去」を語り始め、私たち日本人の責任を問いただしている。心に傷を負うだけでなく、みな年老いて生活と健康に不安を抱えている。
これを黙って見過ごすことはできまい。わたしたちはすくなくとも人道的、道義的に責任を負わなければならない。
どんな時代の戦争でも、彼女たちのような被害者はいる。だからといって、許される事柄ではない。
ほかの国は謝っていないからと、済まされる問題でもない。
人の尊厳を踏みにじった行為を言い逃れるために、ほかの例と比べるべきではないだろう。戦
後の国家間の賠償は、確かに終わっている。しかし、それで解決済みと片付けられるものではな
い。
平和になった戦後の社会の価値や倫理観は、戦前、戦中とは一変した。個人の人権もはるかに
尊ばれるようになった。
慰安婦問題は、戦時の尺度だけでなく、いまの視点でも考えなければならない。これからの時
代に、国際社会と信頼をはぐぐみ、国や民族の違いを越えて共に生きていくうえでも欠かせない
ことだ。
なにより、二度と戦争を起こさないために、過去をしっかりと見つめたい。
その過去を受け継ぎ、過ちを繰り返さないよう努力を重ねる。歴史に学ぶとは、そういうことではないか。この営みがあってこそ、誇りと自信をもって未来に歩んでいくことができる。
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